迷子の達人・吉玉サキさんが見た街歩きの世界「歩くことは旅のようなもの」

特集

迷子の達人・吉玉サキさんが見た街歩きの世界「歩くことは旅のようなもの」

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世の中には、「方向音痴」と呼ばれる人たちがいます。方向音痴の意味を広辞苑で調べてみると「地理や方向についての感覚が劣っていて、道をまちがえやすい人」とのこと。つまり方向音痴とは、よく道に迷ってしまう人のことを指すのです。

ライター・エッセイストの吉玉サキさんはつい最近まで、方向音痴を極めた「迷子の達人」でした。例えば彼女は、個室居酒屋でトイレに行ったあと、部屋に戻る道がわからなくなってしまったことがあるそう。さすがは迷子の達人です。

そんな迷子の達人、もとい吉玉サキさんがWebメディア「さんたつby散歩の達人」で連載した方向音痴克服企画「グーグルマップを使っても迷子になってしまうあなたへ」は読者の評判を呼び、書籍化が実現。『方向音痴って、なおるんですか?』というタイトルで、2021年5月21日に交通新聞社から上梓しました。

今回は吉玉サキさんに、連載時や書籍化の裏話を教えてもらいつつ、「歩くこと」や「方向感覚」に対する認識の変化について伺いました。

方向音痴克服の連載企画は、吉玉さんの方向音痴エピソードがきっかけ

――吉玉さんは自他ともに認める方向音痴だと伺っています。方向音痴で実際に困ったことはありますか?

吉玉さん

就職活動のときが一番困りましたね。迷子になって面接に遅刻したことがありました。

あと、ライターとして取材場所に行くときにも困ります。慎重な性格だから早く出ることで遅刻はしていないんですけど、たまに道に迷いかけるときがあるので。

――しかしそんな方向音痴エピソードがあったからこそ、「さんたつ」での連載が決まったそうですね。

吉玉さん

そうなんです。私が自分の方向音痴エピソードをnoteに書いていて、それを読んだ編集部の中村さんにお声がけいただいたのが連載のきっかけです。中村さんは、連載のために方向音痴のライターを探していたみたいで。

――最初に連載の内容を聞いたときの率直な感想は?

吉玉さん

正直、「方向音痴についてそんなに書くことあるのかな?」と思いましたね(笑)。

――方向音痴の連載ってあまり聞かないですもんね(笑)。

吉玉さん

それに連絡をいただいたときは、まだ「さんたつ」がWebメディアとしてオープンする前だったんですよね。読者層がわからなかったので、ちゃんと読者に受け入れられるだろうかという不安もありました。

――最初から、方向音痴を克服するという企画だったんですか?

吉玉さん

そうです。企画をいただいた時点で、私が4人の専門家の先生たちにアドバイスをいただいて、最後に方向音痴を克服したらゴールという流れでした。

始める前は「もし克服できなかったらどうなるんだろう」と思いつつ、中村さんと二人三脚で連載を進めていきました。

――連載中の反響はいかがでしたか?

吉玉さん

連載を読んで私のツイッターをフォローしてくださった方々からは、「吉玉さんの書いていることは共感しかない」と言っていただきました。

でも回を重ねていくうちに、私がだんだん道に迷わなくなったので、「このまま吉玉さんが方向音痴を卒業したらさみしい」と言われてしまいました(笑)。

「散歩の達人」の話を聞いて、街歩きへの興味が深まる

――4人の専門家の先生方と最初に会ったときの印象は?

吉玉さん

皆さんとても面白い方々でしたよ。それが伝わるように、インタビューではなるべくご本人の口調を残すようにしました。もちろん、記事としての体裁は整えていますけどね。

――なるほど。だから読んでいて皆さんの雰囲気が伝わってくるんですね。

吉玉さん

例えば、認知科学者の新垣紀子教授にお話を伺ったとき、私が会話の流れで「南に進むときは後ずさりしなきゃいけなくなる」と言ったら、新垣教授が笑いながら「後ずさりね」と答えてくれて。

そういうところは普通の記事だったらカットするんですけど、今回は新垣教授の気さくな雰囲気が伝わるように、そのまま使わせてもらいました。

――専門家の先生方のアドバイスのなかで、とくに目から鱗だったものはありますか?

吉玉さん

方向音痴改善のノウハウという意味では、新垣教授が教えてくれた、

・地図の上に立つイメージ
・予習してから行く
・「地図」と「現実の景色」を照合するとき、目印は2つ以上

というのが目から鱗でしたね。

――「目印は2つ以上」というのは?

吉玉さん

地図と現実の景色を照らし合わせるとき、2つの目印の位置関係から、自分の現在地や目的地の方角を特定できるんです。

実際にこの方法で、御茶ノ水を歩いたときに自分の進行方向を判断できました。

▲目印が1つだけの場合。左手にデパートがあるが、これだと現在地が特定できない。(絵と図 デザイン吉田)

 

▲目印が2つの場合。左手にデパート、右手に交番がある場所を探せば、現在地を特定できる。(絵と図 デザイン吉田)


――ほかの方々の話を聞いたときは、どう思われたのでしょう。

吉玉さん

空想地図作家の今和泉隆行さん、東京スリバチ学会会長の皆川典久さん、地図研究家の今尾恵介さんのお話は方向音痴というテーマから少し離れていくんですけど、街歩きへの興味はどんどん深まっていって。大人になってから「こんな世界があるんだ」と思えるものに出会えたのは、自分でも意外でした。

とくに今和泉さんに関しては、空想地図作家という存在に驚きました。空想地図(※)というジャンルがあることすら知らなかったので。

※空想地図:実在しない街の地図を想像力や知識だけで描いた作品

――「散歩の達人」の世界を知ることができたのでは?

吉玉さん

まさにそんな感じです。実は連載前まで、街歩きにあまり興味がなかったんですよね。旅行とか、人に会ったりするのは好きだったんですけど。

でも連載を始めて、専門家の皆さんのお話を聞いてから、街歩きが好きになりました。

――街歩きをするのに好きな場所はありますか?

吉玉さん

私が住んでいる町田が好きですね。家の近くも町田駅周辺も馴染みがあって。

あと、学生時代に過ごした御茶ノ水周辺も好きです。神保町方面に行くと古書店や純喫茶がいっぱいあって楽しいし、御茶ノ水駅前は学生が多くてごちゃごちゃした感じが面白いですよ。

――吉玉さんがこれから歩いてみたい街があれば教えてください。

吉玉さん

着物が似合う城下町とかを歩いてみたいです。鎌倉、浅草、川越とかに行ってみたいですね。

書籍化する際は、読み応えを重視して加筆修正

――「さんたつ」での連載は、『方向音痴って、なおるんですか?』というタイトルで今年の5月21日に書籍化されました。

吉玉さん

連載が始まって割とすぐに、書籍化の話が出たんですよね。2019年12月頃に、中村さんから「書籍化したいので、企画会議に出してみます」と言っていただいて。

――書籍化の話を聞いたときは、嬉しかったですか?

吉玉さん

もちろん嬉しかったです。でもそのときはまだ決まったわけじゃなかったので、ぬか喜びはしないようにしようと思いました。正式に書籍化が決まったのは、2020年3月頃でした。

――書籍化にあたり、大幅な加筆修正をしていますよね。こだわった部分はありますか?

吉玉さん

書籍では、読み応えを重視しました。書籍なのにWeb記事のように広く浅い内容にしてしまうと、手に取った人が物足りなく感じてしまうかなと思って。だから書籍は狭く深くすることを意識しました。

――Web記事と書籍では、読者層が違いますもんね。

吉玉さん

Web記事の場合、ツイッターとかヤフーニュースの配信でたまたま流れてきたものを読む人が多いじゃないですか。

でも書籍はほとんどの人が読もうと思って手に取るので、「少しマニアックにしてもついてきてくれるだろう」と信じて書きました。

――連載では写真が多めですが、書籍ではあまり写真が載っていません。

吉玉さん

連載のときはかなり写真に頼っていましたが、書籍だと写真が小さくて白黒になってしまうので、見づらくなるんですよね。だから写真がなくてもわかるように文章で説明しなきゃいけなくて。

――写真の内容を文章で表現するのは、大変だったんじゃないですか?

吉玉さん

いや、私は写真に写ったものを言葉に置き換える作業が好きなので、すごく楽しかったです。

――書籍には書き下ろしのエッセイも掲載されています。

吉玉さん

書き下ろしのエッセイはどうしても入れたかったんです。中村さんにも、「なるべくたくさんエッセイを入れたいです」と伝えて、結果的に5本も入れさせていただきました。

――どうしてそこまでエッセイにこだわったんですか?

吉玉さん

私のnoteやエッセイを好んで読んでくださっている方々が、書籍を読んだときに方向音痴の内容ばかりだと、ちょっと物足りないかなと思ったんです。それに私はライター業だけでなく、エッセイスト業もやっているので。

――方向音痴以外の人も楽しめる内容になっていますよね

吉玉さん

そうですね。実際に、方向音痴じゃない人からも「面白かったです」と言っていただけたのでよかったです。

方向感覚は「あるか・ないか」ではなく、「グラデーション」

――もう「道に迷うかもしれない」という恐怖心はなくなったんじゃないですか?

吉玉さん

そうですね。だいぶなくなりました。相変わらず慎重なので仕事のときはかなり時間に余裕を持って出かけますけど。あとは、地図を見ることが苦じゃなくなりましたね。

それに、少しくらい迷っても慌てなくなりました。中村さんと出会って、連載をしていくなかで、少しずつグーグルマップや地図に慣れていきました。

――実際、以前より道に迷わなくなったのでは?

吉玉さん

以前に比べれば、ですけどね。ネタバレになりますけど、書籍の最後に書いているように「ややマシ」になった感じです。

でも、世界の見え方はかなり変わりました。

――例えばどのように変わりましたか?

吉玉さん

以前はぼーっと歩いていて、何も考えずにどんどん迷っていくような感じだったんですが、最近はちゃんと街を見るようになりました。街の風景が脳に届いているような感覚です。

だからいまは、近所で散歩中の犬とすれ違ったり、住宅地のお庭に咲いているお花を見ながら歩いたりするだけでも楽しいと思えますね。意味もなくブラブラ散歩するのも、旅のようなものだなと感じます。

――確かにこの本は街歩きの本でもあり、旅の本でもあると感じました。

吉玉さん

そうですよね。散歩でも、街歩きでも、それこそ自分の住んでいる町内を歩くだけであっても、それはある意味「旅」だと思います。

――連載、書籍化を経て、歩くことに対する捉え方が変わったんじゃないですか?

吉玉さん

もともと歩くこと自体は好きだったんですが、いままでは街のことを何も知らない状態で見ていたので、街を歩いても何とも思いませんでした。

でもこの連載を通して、歩くことへの解像度が上がったような気がします。

――歩くことへの解像度。

吉玉さん

そうです。例えばアイドルグループとかも、全然興味がなくてメンバーの顔と名前が一致しないときは、「ふーん」という感じの印象しか持たないじゃないですか。

でも、何かのきっかけで1人ひとりの顔と名前がわかるようになると、同じミュージックビデオを見ても、前よりも解像度が上がったことですごく入り込めたりしますよね。

それと同じで、以前は歩くことも「何となく街を歩くの楽しいな」という感じだったんですけど、専門家の先生方のお話を聞いて、歩くことの解像度が上がったことで街歩きの魅力や楽しみ方を知ることができました。

――方向感覚への認識はどのように変わりましたか?

吉玉さん

連載の途中までは、方向感覚って「あるか・ないか」だと思っていたんです。音感とか運動神経みたいに持って生まれたものだから、「方向音痴か・方向音痴じゃないか」の極端な二択しかないと思っていて。

――そう考えている人は多いと思います。

吉玉さん

でも本当は、地図に対する注意深さや、どれだけ方向を気にしているかということの積み重ねが大事なんですよね。

だからちょっとした工夫や努力で方向感覚が強くなったり、逆に何もしないと方向音痴になったりするんじゃないかな、と。そうやって「方向感覚のグラデーション」のなかを少しずつ移動できるのだと思います。

――吉玉さんがグラデーションのなかを移動している様子が、書籍を読むとよくわかります。最後に、これから『方向音痴って、なおるんですか?』を読もうとしている人にメッセージをお願いします。

吉玉さん

最短距離で方向音痴を治すためのノウハウが書いてあると思われがちなんですが、そうではありません。この本は、方向音痴が治るのか治らないのか、私も中村さんもわからない状態で連載を始めた「体当たりのルポ」です。

私のような正真正銘の方向音痴が「方向音痴を克服してみた」という企画は、おそらくこれまでにないものだと思うので、ハウツー本というよりは、読み物として楽しんでもらえればと思います。

吉玉サキさんの紹介

Twitterhttps://twitter.com/saki_yoshidama
notehttps://note.com/yoshidama2013

ライター・エッセイスト。札幌市出身。北アルプスの山小屋で10年間働いた後、2018年からライターとして活動を開始。noteで人気を博し、現在フォロワー6500人以上。デビュー作『山小屋ガールの癒やされない日々』(平凡社)は、発売後すぐ重版決定する大ヒットに。

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