日々色好日 #64 「赤銅色-syakudoiro-」

特集

日々色好日 #64 「赤銅色-syakudoiro-」

特集

ある言葉を辞書で調べました。

「業(ごう):行為と結果、あるいは人が担う運命や制約のこと」

易い人生など存在しないと知りながら、打たれ弱い人間なので生きていくことを困難に感じることが多々あります。

無駄とわかりつつ考えてしまうのが「生まれてくることを自分で選んだのか、選んでいないのか」ということ。

そんなの誰にもわからないし、たとえわかったところでどうしようもないのに、延々と考え込んでしまうのです。

生まれてきてしまったからには、終わりまでずっと慣れない靴で歩き続けなければいけないことは承知していますし、この道の先にあるのが禍なのか福なのか、最後まで歩いてみないと何もわからないことも知っています。

宗教的な知識はないけれど、なぜだかそういう時には必ず「業」という言葉が浮かびます。

それでは、本日の伝統色を紹介します。

伝統色紹介:赤銅色-syakudoiro-

赤銅色は、金属の赤銅(銅に少しの金を加えた合金)のような暗く艶のある赤色のこと。「赤銅色の肌」など、真っ黒に日焼けした肌の色を表現する時に使われます。

赤銅は奈良の大仏の鋳造資材帳に記載されているなど、日本で古くから使われている金属で、「烏金(うきん)」や「紫金(しきん)」とも呼ばれたそうです。

混同されがちですが、赤銅色は「銅色(あかがねいろ)」とは異なる伝統色です。

作品紹介:『解業』鈴木育郎

『解業』は、2013年「写真新世紀」グランプリを受賞した写真家・鈴木育郎による写真作品集。鳶職で生計をたてながら写真を撮り続ける作者の目線、シャッターを切る瞬間の切実さが、熱い血液のように駆け巡る秀作。

『解業』という写真集を手に取ったのはずっと昔のことです。

当時の私は写真家志望で、アルバイトをしながら写真を撮り、展示やら公募やらポートフォリオレビュー(※プロの作家やキュレーターに自分の作品を見せ批評してもらうこと)やら、何も形が見えないのにどうにか形になろうと、前に進もうと必死に足掻いていました。

ある人からの「勉強になるよ」という勧めで購入したのがこの写真集。

手に取ると見た目よりももっと重く、部屋の隅の本棚に置いてあるだけなのに生き物のようにずっとこちらを見つめているような存在感がありました。

写っているのはなんでもない日常の風景。それなのに衝撃的で切実で、血の色も体温も表には存在しないのに、生身であることがわかるのです。

すべてをかけて命を削りながら撮っている。

ページをめくるごとに「こんな写真、自分には一生をかけても撮ることはできないな」という思いが強くなっていきました。自分が及ばないものが技術とか才能とかそういうものだったらまだよかったのに、そうではなかった。

写真は勝ち負けの話で成り立つものではないのですが、その時に感じた圧倒的な敗北感は、多分ずっと忘れることはできないでしょう。

人気記事Ranking
  • 月間

  • 週間

  • すべて

menu

したい・ほしいを探す

したい・ほしいを叶える