【今週のことばたち#28】孤独とは生命の要求である(セーレン・キルケゴール)

特集

【今週のことばたち#28】孤独とは生命の要求である(セーレン・キルケゴール)

特集

ひとりって好きですか?

こんにちは。つい先日、私事ですが、引っ越しが決まり、今はその準備に追われています。これまでは家族と住んでいたのですが、その家を離れ、数年ぶりに一人暮らしをすることになりました。で、今回また一人暮らしになるということで、じわじわ幸せを感じるというと変ですが、少し晴れやかな気持ちになっている部分があります。なぜなら僕は、孤独な時間が大好きだからです。

ですが僕自身の性格はといえば、幼い頃から割と社交的で、その傾向は今でも持続していると自覚しています。僕と直接会ったことある人になんて言われるかは少し怖いところではありますが、どちらかといえば、「お喋りな人」という印象を受けるのではないでしょうか。社交的なのに、一人が好きなんておかしくない? そう思う方もいるかもしれません。今日は、そんな一人でいること、すなわち、孤独ということについて、改めて考えてみたいと思っています。

今週の名言は……

今週の名言は、デンマークの哲学者・セーレン・キルケゴールが残したことば「孤独とは生命の要求である」です。

セーレン・キルケゴールは、『死に至る病』などで著名な哲学者であり、後の実存主義哲学にも大きな影響を与えたとされている人物です。

そんな「私」についての哲学を展開してきたキルケゴールが残したことばこそ、今週の名言です。

孤独が好きな理由

最初に述べたとおり、僕自身は孤独というものがとても好きなのですが、中には孤独ということばに抵抗感がある人もいるかもしれません。でも、たしかにその感覚も分かる気がして。例えば、自分の学生時代なんかを思い出すと、一人の辛さを思い出します。2人一組でペアにさせられ自分だけが余ってしまったあの状況……リアルに想像すると今でも少し冷や汗が出るし、あぁ嫌だ……という気持ちに襲われます。だからこそ、孤独ということばにネガティブな印象を持たれている方がいても不思議じゃないし、僕自身もそういう孤独まで好きかと言われると、ちょっとわからない部分もあります。

それでもなぜ、僕がここまで孤独が好き、と言い切るのかというと、僕自身は孤独というのを「一人ぼっちの寂しい時間」、ではなく、「〈私〉という不可思議な自分との対話の時間」と捉えているからです。

〈私〉との対話の面白さ

〈私〉との対話、なんていうと大げさに聞こえますが、要は「自分という存在を見つめる、考えてみる」ということです。僕たちは、ふと気がつくと〈私〉として、この世界に生まれてしまっています。おそらくほとんどの人が同じはずで、「いや、俺はこの自分になることを選んで地球に産まれた」という人はかなりの少数派です。そうなると、ほとんどの人はとてもシンプルなこの問い、「なぜ私は私なのか」という問いにすら、答えることが出来ません。これって、凄く面白いし、不可思議だと思いませんか? 自分という一生切っても切れない存在について、根本の答えを知ることができない。そんな謎に包まれた〈私〉について考えたい、考えなければ、そう思うと孤独って必要不可欠だし、まさに、単なる趣味の時間ではなく、キルケゴールの言う通り、生命の欲求として孤独な時間って必要になってくると思うんです。

もちろん、孤独の時間に見つめるのは、純粋な〈私〉だけではありません。大好きな誰かのことを考えてしまうのも孤独な時間の中にあるし、逆に大嫌いな誰かのことを考えてしまうのも、孤独な時間に含まれるはずです。ですが、いずれにせよ僕たちは孤独な時間に置かれることで、普段は見えていないことについて考えたり、立ち止まったりすることができるようになります。そして、それこそが孤独の醍醐味であり、価値なんじゃないかと思います。

人との出会いを大切にするからこそ

もちろん、孤独が大事だからといって、ずっと一人で居たって楽しくないだろうし、色んな人と出会う時間というのは本当に素晴らしい時間です。でも、だからこそ、孤独の時間が大切だと思っていて。ひたすら人と出会うだけだと、どこかで擦り切れていく感覚があるというか。疲れる、というと語弊があるのですが、自分というものを社会にさらけ出して生きていくのは思っている以上に凄いことだし、体力・精神力のいることです。そうした人と出会う時間だけを繰り返していくと、根本にいる、一番近くにいる〈私〉との関係性が分からなくなる気がしていて。だからこそ、瑞々しい状態で人と出会い、話すためにも孤独という状態を大切にすることが大事なのではないかと考えています。

そして、孤独の時間で〈私〉に時間を費やし、普段は考えられないような、一見地味で、小さくて、しょうもないことを丁寧に考えたり、味わうことで、他者との時間がより豊かになるんだと思います。くだらない例かもしれませんが、「好きな食べ物は?」という問いに対し、孤独な時間に考えることができれば、「ステーキ」「お寿司」といった答えではなく、「なんだかんだ言って、焼鮭の皮が自分は一番好きかも」なんて答えができるかもしれないと思うんです。そしてその答えは、普通のやり取りから、一歩個人的な、その人達にしかできない固有のやり取りに発展する可能性があるという意味で、素晴らしい答えだと個人的に思います。

孤独の時間をどうやって過ごそうか

ここまでお読みになった方でも、「孤独な時間が良い時間なのは分かった。でもどうやって孤独な時間を過ごすのがいいんだよ」という方もいると思うので、最後に個人的な孤独な時間の愉しみ方をお伝えできればと思います。あくまで僕がやっている方法ですが、よろしければご参考にしていただければと思います。工程は3つあります。

まずは1つ目、最初にやってほしいのは五感の周りを整えることです。部屋を綺麗にして、好きな音楽をかけ、お香や香水で部屋をいい香りにして、カーテンや電気で部屋の灯りを好みの状態にして、好きな格好で、好きな場所に移動します。普段過ごしている現実の部屋を、自分だけの特別な部屋にします。

次に2つ目、ありったけ好きなことを考えます。どんなことでも構いません。大好きなアイドルのことでもいいし、将来の夢の妄想をしてもいいし、過去の素敵な恋を反芻してもいいかもしれません。とにかく自分がワクワクすること、大好きなことで心をいっぱいにします。

そして最後に3つ目、日記を書きます。なぜかわからないのですが、日記って続けていると本当に楽しくなります。書かないのがむしろ違和感になってきて、書くことが日常の幸せになります。日記の内容は普段のことでもいいと思いますし、せっかく考えた好きなことについて、色々書いてみてもいいと思います。いずれにせよ、孤独を満喫した段階で、日記にその気分で文章をしたためます。

以上が僕の実践する孤独の愉しみ方です。なんてことはないですが、とにかく自分本位に、自分の好きなようにして、日記を書くことで、自分が何をしてると元気になる人なのかが分かるはずです。そしてそこから、〈私〉ってどんな人だろうということがゆっくり分かってきて、それは宝物のような〈私〉だけの考え方・発想に繋がっていくはずです。

ということで……

今日はキルケゴールのことばから、孤独の価値・豊かさについて考えてみました。どうか皆さんも素敵な孤独の時間を送る中で、幸せな気持ちになってもらえたら嬉しいです。

 

人気記事Ranking
  • 月間

  • 週間

  • すべて

menu

したい・ほしいを探す

したい・ほしいを叶える