【今週のことばたち#27】なまけ者になりなさい(水木しげる)

特集

【今週のことばたち#27】なまけ者になりなさい(水木しげる)

特集

のんべんだらりと、してますか?

こんにちは。7月に入りましたが、きっとまだ梅雨の最中なのではないかと思います。昔は梅雨といえば6月のイメージで、7月になればもう夏真っ盛り、という感じだったはずなのですが、近年は7月の終わりまでぐずぐず雨が降ることも多いような気がしています。もっとも、今年は梅雨入りが早かったので、これを読んでいる皆さんが「梅雨なんかとっくに終わったよ。暑すぎるよ、毎日」と思っていたらごめんなさい。

少し話は変わりますが、僕は昔から昼寝が大好きです。これ、あまり誰かに話したことはなかったし、なんなら自分で「あ、昼寝好きかも」と気づいたのもつい何年か前くらいなのですが、どうやら僕は昼寝が大好きなようです。恥ずかしいので、あまり大きな声では言えませんが、そうですね……一週間のうち、3日から4日は確実に昼寝してます。なんなら、出かける予定がない家にいる日は、平日であろうと、なかろうと、ぐーすかぐーすか昼から寝ています。だいたい1時間から2時間。お昼を食べて、ちょっとダラダラするとうとうとしてきて、窓から差し込んでくる陽の光を感じながら、微睡むように夢の世界へ……。

書いているだけで、「ああ、昼寝したい」と思ってしまいます。それぐらい、昼寝好きです。フリーランスとして仕事を初めて2年目に入っていますが、フリーランスの一番のメリット、圧倒的な利点は「好きなときに好きなだけ昼寝できる」ことだと確信しています。

ああ、なんてテイタラクなんだ。情けない若者だ。こんな若者ばかりだから今の社会は……とお怒りになる方もいるかもしれませんが、今日は僕のようなのんべんだらり人間も、案外捨てたものではない、と言って下さったある偉人の名言から、なまけ者であることの大切さについて、考えてみたいと思います。

今週の名言は……

今週の名言は、あの漫画家・水木しげるさんが残した名言「なまけ者になりなさい」です。

水木しげるさんといえば、日本を代表する漫画家で、『ゲゲゲの鬼太郎』を始め、妖怪漫画で特に知られている大作家です。

また、妖怪文化を継承者としての評価も高く、水木しげるさんがいなければ、大衆の中で消えてしまっていた妖怪も数多くいるそうです。熱心に『ゲゲゲの鬼太郎』を始めとした作品を読んだわけではありませんが、鬼太郎や目玉の親父、ねずみ男やねこ娘、一反もめんや子泣きじじいなど、僕自身も水木さんが描かれた妖怪はなぜか数多く知っています。それだけ国民的な漫画家ということかもしれません。

そんな妖怪研究者であり、漫画家である水木さんが残されたことばこそが、今日の名言です。

生活における余白について

少し遠回りになりますが、普段から考えていることについて、少し書いてみたいと思います。

普段から、脚本を書くことを生業にしている関係で、じっと目の前の日常を見つめてみようと思うことが一日に何回かあります。それは一人、家にいるときもそうですが、外出をした時には特に注意をはらいます。どんな服を着てる人が多いのか、高校生はどんな話題で盛り上がっているのか等々。生活をしている中で、僕らはどうやって生きているのかということを見つめます。そうすると、あることに気がつきます。そのあること、とは「余白のなさ」です。

ここ何年か、電車の中でもパソコンを開いて仕事をされている方を多く見かけます。アプリ上で仕事の連絡をしているような方も多くいる気がします。もちろん、僕自身もスマホで仕事のメモをしたり、構想をまとめたりもするのですが、ふと我に返ると、「移動中にまで仕事をするってどういうことだろう」と思ったりします。

ありきたりな考察ですが、これはまさに「余白」、「なんでもない時間」がなくなり、すべての時間が「実のある時間」「有意義な時間」にしなければいけないということが社会の側から要請されている、ということなのではないかと思います。

余白が消えることが悪いことなのかどうか。それ自体には議論があるでしょうし、実際、余白を取れないほどお忙しい方も現実社会には沢山いらっしゃるんだと思います。ですが、一人の人間として生きていく中で、余白の時間を取るということは、なにか充実した人生にとって不可欠な一要素な気がしてならないんです。

なまけた時間に生まれるもの

じゃあ実際、余白があったらどうなるんだ、怠けた時間になにかあるのかと言われれば、あると思います。そこには、いわゆる「生産性」や「能率」の文字はどこにもありませんが、その代わり、そこには「愉しみ」があると思います。

ぽっかり空いた、なんでもない時間。何にも追いかけられていない、自分だけの時間というご褒美は、自分をそれだけで豊かにしてくれます。日々のことを振り返ったり、昔のことを思い出して少しだけ感傷に浸ったり、未来のことを想像してワクワクしてみたり……。なにが生み出されるわけでもありませんが、余白をつくり、怠けた時間を設けることで僕たちの心はぐんぐんとひらけていきます。それは何ものにも代え難い、素晴らしい時間だと思います。

なまけ者がいるということ

こういう話をすると、「そんなやつばっかりだったら、社会が立ち行かないじゃないか」と怒る人がいます。ですが、昔のことばで、こんなことばがあります。「無用の用」。

以前、東京で編集者をしている友人に会ったときのことです。彼は、本当に毎日朝から晩までずっと働き通しで、休む暇がないそうです。僕はその話を聞いて、本当に凄いなと思ったので、その旨を伝えたりしつつ、二人で簡単な食事をしました。

その帰りのことです。友人は僕に「なんかホッとした」と言いました。そのとき僕はどういうことだろう? と思っただけだったのですが、今思うと、僕がなまけ者であるからこそ、のんべんだらりとした人間であるからこそ、彼はホッとしたのかもな、と思いました。そしてこれはまさに、僕自身が、なんでもない、特に与えたものはないけれど、それによって彼はホッとした、なにか落ち着きを得たということだと思うんです。これは「無用の用」として、なまけ者である僕が活躍? した一例なんじゃないかと思います。

なまけることで見えるものがある

最後に、改めてこのことばを水木さんが言った意味を考えてみると、水木さんは「なまけることでしか、妖怪とは出会えない」と考えていたのではないでしょうか。妖怪は、なかなか目には見えません。むしろ、心で見るもののような気がします。少なくとも、僕たちがパソコンやスマホばかりを見ていては、目の前にせっかく一反もめんやねずみ男が出ても、見逃してしまいます。それは凄くもったいない。だからこそ水木さんはなまけ者になりなさい、なまけた時間をつくりなさい、と言っていたのだと思います。

ということで……

今週は水木さんの名言から、なまけることの価値、余白の価値について考えてみました。どうか次の休日は、目一杯なまけて、自分を可愛がって、だらけてみて下さい。運が良ければ、妖怪にも出会えるはずです。

 

人気記事Ranking
  • 月間

  • 週間

  • すべて

menu

したい・ほしいを探す

したい・ほしいを叶える