【今週のことばたち#26】善きことはカタツムリの速度で動く(マハトマ・ガンディー)

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【今週のことばたち#26】善きことはカタツムリの速度で動く(マハトマ・ガンディー)

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梅雨の季節になりました

こんにちは。6月も3週目に入り、いよいよ梅雨入りして本格的な雨の日々なのではないかと思います。ただ、今は割と7月が梅雨の感じもあったりしますよね。昔は6月=梅雨、みたいなイメージもあったんですが、地球もゆっくり変化しているのかもしれません。

梅雨となると、すぐに想像してしまうのがカタツムリです。単なる雨だとカエルなんかを想像したりするのですが、梅雨はカタツムリの印象が強いです。紫陽花のはっぱなんかに乗っているカタツムリの絵や写真の影響なんだとは思いますが、調べてみるとやはり6月はカタツムリの活動時期らしいです。

小さい頃からカタツムリは割と好きで。といっても、触れたりするわけではないのですが、生き物としてなんとなく可愛いな、素敵だなと思うことがよくありました。そして今日は、そんなカタツムリも出てくる名言を扱ってみたいと思います。

今週の名言は……

今週の名言は、マハトマ・ガンディーの残したことば「善きことはカタツムリの速度で動く」です。

マハトマ・ガンディーは1869年生まれのインド人の宗教家・活動家で、日本の社会科の教科書等でも取り上げられていることから、よく知られた人物なのではないかと思います。インド独立の父とも言われ、「マハトマ」というのは本名ではなく、「偉大なる魂」という意味らしく、インドの詩聖タゴールからもらった尊称らしいです。

そんなマハトマ・ガンディーでが残したことば、「善きことはカタツムリの速度で動く」について、これから考えていきたいと思います。

世界を変えるということ

僕がこのことばを知り何より驚いたのは、世界を本気で変えようと考え、それに尽力していたガンディーが善きことへの変化のスピードをカタツムリの速度と捉えていたこと、それ自体です。善きことというのは、例えば世界平和であったり、インド独立のことを指すと思うのですが、勝手にガンディーのような平和活動家は、どんなことがあっても全力で前に進み、一気に世界を平和にしようとしていたんじゃないかと想像していたんです。

にも関わらず、ガンディーの発想は真逆で。彼はカタツムリの速度で世界を平和にするために、日々を平和のために捧げていたんだと思うと、なんだか凄く見方が変わるし、改めて凄い人だなと思い知らされます。

ガンディーの弟子の中にも「世界を一気に変えましょうよ」という血気盛んな青年もいたと思うのですが、その度にガンディーは微笑み「善きことはね、カタツムリの速度で変化するんだよ」と言っていたのがなんとなく想像できます。

善き方向へ進むことの難しさ

ここから翻って、今度は僕たちの日常生活のことを考えてみたいと思います。僕たちは日々、自分の持っている生活習慣や日常を変化させたいと願っています。その悩みは本当に様々で。早起きして勉強するようにしたい、ダイエットをしたい、お酒やタバコをやめたい、毎朝ランニングしたい……などなど。良いことなんだろうなとは思いつつ、チャレンジしては失敗して、というのを繰り返している人も多いのではないでしょうか。少なくとも僕は毎回そうです。なんで毎回のように失敗するんだろう……とずっと不思議でした。

でも、今回のガンディーのことばを知って、改めて考えてみると、実生活においても善き方向へ向かうというのはとても難しく、まさにカタツムリの速度で進むしかないのかもしれないことを実感させられます。

例えば、月に10キロ痩せようとか、もう一生油っぽいものは食べないぞ、とか。ダイエットをしようとするときに僕は割とこういう極端な目標設定をしがちなのですが、実際はそういう目標は一瞬で頓挫してきました(これは何度も実証済みです)。そうではなくて、良い方向に変化するためには、時間がかかるのだと腹をくくり、月に2キロでいいから確実に丁寧に進めようとするのが真剣な成功するための態度なんだなと思いました。

幸せもカタツムリのように

ここまで身近な例からカタツムリのように進むことの大切さを考えてきましたが、ふと、人間にとっての一つのテーマ、幸福についても同じことが言えるのではないかと思いました。

僕たちは生きていると、羨ましい人の姿やモノを沢山見聞きするせいで、とかく不幸を焦りがちです。不幸を焦りがち、というのは今勝手につくったことばですが、要するに「幸せか不幸かのジャッジを焦り過ぎなのではないか」「その上で、不幸と決めつけるのがあまりにも早いのではないか」ということです。もちろん、今の自分の現状を把握する手段として、そのように考えることは一概に否定しません。ですが、人生という軸で考えたときにその道のりはいつか終わりはあれど、なかなかの長さと時間を持っています。そんなひとりの人生が「幸せか不幸か」をその場の今、一瞬の判断で決めつけても良いのでしょうか。

昔から高校3年生の子の進路にあれこれいう周囲の反応にとても違和感を持っていました。いい大学に進学できれば「あーあの子はもう安泰だ、人生勝ち組だ」と言い、浪人したり、思ったような進路に進めなかった子を見て「困ったねあの子は……」なんて好き勝手に周囲は言うのですが、ずっと昔から「そんな簡単に人生の良い悪いが決まるわけない」って強く思っていました。いい大学に行った子だって急に大学をやめたくなるかもしれないし、最初の進路がうまくいかなかった子が急に新しい方向で花開き、目覚ましい成果を残すかもしれません。なのに、18歳の進路というそんな小さな一つの出来不出来で、人の人生を語るのはあまりにもナンセンスな気がしてなりませんでした。

そして、今ならこの感覚がまさにカタツムリ的な発想であったことがわかります。人生を善くしていくには時間が掛かります。その時間軸は局面ごとに現れる一瞬の成功・失敗なんかには左右されない、もっと懐が広い、たおやかな時間軸です。僕たちは、あまりにも速い情報世界を生きてしまっていますが、1秒に流れる時間は今も昔も変わりません。1秒に流れる時間は、1秒です。その1秒の重なりが1分になり、1時間になり、1日になっていきます。果てしない時間の流れの中で人間はゆっくり変化します。そうしたときに、大切なのはたおやかな時間軸、カタツムリとして生きる覚悟だと思います。

ゆっくりでもいい。速い人に追い抜かれたって良い。自分の思う善きことに向けて、自分のペースで確実に一歩ずつ進む。そんな人生を歩んでいる人がいるなら、僕はその人を心から尊敬するし、そんな人になりたいな、と心から思います。

ということで……

ということで今週はマハトマ・ガンディーのことばから、カタツムリの速度で変化することの大切さについて考えてみました。とにかくあまりに速すぎる社会の中で、カタツムリの軸をもって生きていくことはとても難しいことだと思います。ですが、なにかに急かされて気持ちがざわついたときや、気分が落ち込んだ時は、このことばを思い出してもらえたらと思います。あなたのスピードは間違ってないとガンディーが支えになってくれるはずです。

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