【今週のことばたち#5】人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだよ(ジョン・レノン)

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【今週のことばたち#5】人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだよ(ジョン・レノン)

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夏のキラキラ……

こんにちは。暦の上では9月になったものの、きっとまだまだ夏真っ盛りなんじゃないかと思います。

とはいえ、この2020年の夏はこれまでの夏と異なり、海で海水浴したりだとか、キャンプでバーベキューしたりだとか、花火大会に浴衣で行ったりだとか、そういう夏の恒例イベントを楽しめなかった人がほとんどなんじゃないかと思います。僕自身はこうしたキラキラした夏のイベントとは縁遠い人生を送ってきた人間ではあるのですが、それでもそこにあるはずの夏のキラキラがない、というのは少し寂しい気持ちになります。

そんな日々を送る中で改めて今までの人生を振り返ったり、これからの人生を考える人も多かったのではないかと思います。ということで、今回は人生にまつわることばを深堀りしてみたいと思います。

誰もが知るミュージシャン

知らない方はいないと思いますが、ジョン・レノンはビートルズのリーダーで世界的なミュージシャンです。ビートルズが好きで、ビートルズの曲を熱心に聴いてきたという人でない人(僕もその一人です)でも、聴けば「聴いたことある」と思う曲ばかりなのではないかと思います。ちょうど今も、たまたま見つけたビートルズのプレイリストを聴いているのですが、おもむろに流れてきた『Happy Xmas』、『Imagine』、『Stand By Me』、『Starting Over』……すべての曲に聞き覚えがありました。

今回の名言は、そんな世界中の人々を今もなお歌で励まし続けるジョン・レノンのことばです。そして、今回は、いつも以上に寄り道が増えてしまうかもしれませんが、散歩気分でのんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。

人生を考え始める中学2年生という時間

あくまで個人的な見解なのですが、人が「人生ってなんなんだろう」と考え出すのって、大体中学生、それも中学2年生くらいなんじゃないかなって思うんです。授業間の10分休みですらドッジボールをするくらい、無邪気に遊んでいた小学生時代を通り過ぎ、ちょっと動きにくい大きめの制服に身を包み、必死に小学生から脱皮しようとする中1の時期があって。そうした日々をさらに通り過ぎてやってくる中学2年という時間。自分を振り返っても、人生について考え始めたのは、中学2年生くらいだった気がします。

僕が住んでいた家は中学から遠くて、自転車通学でした。行きは下り坂で20分くらいで着くのですが、行きが下り坂ということは帰りは上り坂です。だいたい帰りは40分くらいは掛かっていた記憶があります。

元気な日は立ち漕ぎでぐんぐん坂を登って帰れるのですが、部活帰りや学校で嫌なことがあった日なんかは立ち漕ぎなんてできません。立ちはだかる坂を目の前に、僕はトボトボと自転車を引きながら歩くことしかできませんでした。

いじめられてたわけではない(と思う)のですが、"いじられキャラ"だった僕は、学校という小さな社会でやっていくのにとにかく必死で。気がついたら日々がとても辛かった。家族にも迷惑をかけたくなくて、ただ一人、自転車を引きながら帰る時間に、「なぜ自分の人生は辛いのか」について考え、ほんの少し泣いたりしていました。

今思えば、学校のことくらいでそんな悩まなくても……とか、中学生にとっての人生なんて……と馬鹿にすることもできるのですが、あのときの自分の想いは切実だったし、過去の自分だとしても、あの頃の自分を馬鹿にしたくはないなと思います。

「いつの日か」ということば

本題に戻ります。どれだけ考えても、「なぜ自分の人生が辛いのか」という問題に答えは出ませんでした。そのうち僕は、いつの間にか、一つのことばを口にするようになりました。

「いつの日か」というおまじないです。

帰り道の上り坂、自転車を引きながら僕は「いつの日か、いつの日か」と、ひたすら呟いていました。今は辛いけど、いつの日か楽しい日々が待っている。いつの日か、心から通じ会える友人や恋人と出会える。そんな日々を妄想しながら、「いつの日か」と言い続けてきました。そして、「いつの日か」ということばとともに僕は、人生そのものについて悩み、考えあぐねていました。

ですが、「いつの日か」なんていつまで経ってもやってきませんでした。人生は、辛いままでした。

人生の不思議について

だけど、人生って不思議で。追いかければ追いかけるほど、手に入れたいなにかは遠ざかってしまうのに、ふと諦めた瞬間、追いかけてきたものが手に入ったりすることがよくあります(恋愛なんてまさにその典型だと思います)。

そして、これは人生そのものについても言えることで。ジョン・レノンの「人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだよ」ということばは、まさにそのことを言っているんだと思います。

僕は、「いつの日か」と呟きながら、人生を悩み、考えながら日々を生きてきました。ですが、ここまで、僕の情けない日々を見てきてくださった方には分かる通り、「いつの日か」と悲嘆にくれて、悲劇の主人公であるかのように生きている人に「いつの日か」なんてやってきません。人生に執着しているばかりで、人生を生きていないからです。

繰り返しますが、あの頃の切実さを馬鹿にするつもりはありません。ただ事実として、「いつの日か」と呟いて、人生そのものに執着していた時期は人生が辛く、その後、「いつの日か」と呟くのを忘れるくらいに夢中になるものと出会ってからは人生が楽しくなりました。

夢中になれるもの

僕にとっての夢中になれるものは「脚本」でした。自分の中にある世界をお話として表現する営みは、とんでもなく魅力的で、あまりにも面白かったです。脚本に出会ってから、いつの間にか「いつの日か」とは一切呟かなくなりました。

僕の場合はたまたま創作に関するものでしたが、これは本当に何でも良いんだと思います。ある人にとっては体を動かすことだろうし、ある人にとってはカラオケ、ある人にとってはゲームかもしれません。自分にとって大切だと思えるもの、まさに夢の中と同じくらい我を忘れるようなものを手にして、それに没頭しているとき、人生がそこにあるんだと思います。

もちろん、悲しい時間もまた人生だと思います。ですが、「生きる」ということを考えたとき、ただひたすらに暗い部分だけにフォーカスするのも、ある意味で不誠実な気がするんです。

人生は辛いです。きっとそのことはジョン・レノンも分かっていたはずです。でも、生きていれば、思わず夢中になってしまう時間がある。幸せや歓びはそこにあり、なにより、人生とは、夢中になっている時間そのものなんだと。そう捉えることが世界のためになり、なにより自分のためになると言いたかったんだと思います。

後ろからジョン・レノン

中学2年の僕をジョン・レノンが見たら、同じことばを掛けてくれはずです。自転車を引きながら泣いている僕の後ろからやってきたジョン・レノン(きっと渋いレトロな車に乗っているはずです)は、笑顔でこのことばを言い残し、颯爽と消えてしまう。もっとも、ジョン・レノンに助言してもらったからといって、「そうか! じゃあ夢中なものを探してその時間をひたすらに楽しもう!」とは当時の自分は思わない気もします。

だけど、彼が残してくれたそのことばがつっかえ棒になれば、少なくとも、少しだけ人生に対して"軽く"なれます。人生そのものを悩んだり、考えたりするんじゃなくて、目の前にある好きなものや楽しいと思えることを"愉しめ"ば良いんだと思えます。肩の力が抜けます。そしてきっと、そのことは小さな生きる希望になるはずです。

ということで……

今回はジョン・レノンのことばについて考えてみました。ままならないのが人生で、悩むことばかりですが、今日くらいはそうしたことをちょっと脇において、大好きなことを目一杯遊んでみてほしいです。諸々の締切は差し迫っていますが、僕もそうします(笑)。

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