【今週のことばたち#2】我々は、今この時を生きるしかないのである(ジャン=ポール・サルトル)

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【今週のことばたち#2】我々は、今この時を生きるしかないのである(ジャン=ポール・サルトル)

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いかがお過ごしですか?

こんにちは。現在、これを書いているのは2020年5月の中旬です。皆さんが今、これを読んでいるのは6月の半ば過ぎでしょうか。あるいは、もっとあとのいつかでしょうか。

今、世界は新型コロナウイルスという新しい敵と戦っています。それぞれの人がそれぞれの想いを抱えながら、必死にこの困難に立ち向かっています。のんびりとしたニュースはなかなか届いてきません。非常に厳しい、しんどい時代になってしまったと思う人が多いのではないかと思います。

そんな状況における、今。今、心の片隅にあると少しだけ気持ちが強くなれるかもしれない名言をご紹介してみたいと思います。

時代という不思議について

ジャン=ポール・サルトルは、フランス・パリの哲学者です。サルトルと聞けば名前は聞いたことある、という人も多いかもしれません。サルトルは、哲学者としてだけでなく、小説家・劇作家としても多くの著作を残しています。一番有名なのは、『嘔吐』でしょうか。サルトルは「希望と自由の哲学者」と呼ばれたりしますが、それはきっと、彼自身の哲学、生き方、そして何よりそのことばが、希望と自由のためのことばだったからだと思います。

そんなサルトルが残したことばのひとつに、この名言があります。

サルトルの生きた時代とは、どんな時代だったのか。一言でいえば、二十世紀の時代、2つの世界大戦が起きた戦争の時代です。

世界が大きく揺れ動き、戦争という個人の主体性をないがしろにしてしまう恐ろしい現象が起きている最中に生まれたのがこのことばです。

当たり前ですが、サルトルは二十世紀という時代に生まれよう、と思って生まれたわけではありません。サルトルの意思とは関係なく、彼はフランスに生まれ、フランス人と扱われ、二十世紀という時代に生まれた。

そして、これは僕らも同じです。僕たちは今という時代に生まれたくて生まれたわけではありません。誰の仕業なのかは全く分かりませんが、この時代に意思を持つ人間として、世界に生まれた、出現してしまったわけです。

時代というのは、その人にとってものすごく大きなことなのに、それを選ぶことはまず不可能です。これは時代の不思議と言わざるを得ない気がします。

戦国時代と500年後の未来

そんな中、私たちはこの時代に生まれました。

よく冗談で、戦国時代や縄文時代の歴史の勉強をしている時に「俺、この時代に生まれてたら生きていかなかったな」なんて言ったりする子が小学校や中学にいましたが(いませんでしたか?)、まさにそれとこのサルトルの名言は繋がっていると思います。

上の冗談は、「今の時代に生まれて良かった」というニュアンスを含んでいますが、当然これは逆のことも言えます。「なぜもっといい時代に生まれてこなかったのか」と。

ここからは完全に想像の世界ですが、今から500年後の未来はどうなっているのでしょうか。ドラえもんの未来すら超えている時代ですから、普段生きる中で悩んでいる小さな問題から、社会的な大きな問題まで、そのほとんどが解決されている、素敵な時代かもしれません。もちろん、その時代によって課題はあるのでしょうが、今の僕らの時代からすれば、「なんていい時代なんだ⋯⋯」と、思わずため息を漏らしてしまうような、そんな時代かもしれません。

それでも、生きてゆく

ですが、僕たちの目の前にある今という時代は、この2020年という時代であり、新型コロナウイルスという脅威の存在する時代であり、政治的な課題も多く残されている、決して豊かとは言えない時代です。

正直、ここまで社会が疲弊してくると、全てを投げ出したくなる想いが湧いてきてもおかしくないと思います。実際、この新型コロナウイルスによって、これまで積み上げてきたものが消えてなくなってしまった方々からすれば、本当にやるせない、どうしようもない思いに打ちひしがれているのではないかと思います。

それでも、サルトルはこう言います。

「今、この時代こそが我々の時代なのだ。我々は、今この時を生きるしかないのである」と。

正直、少し厳しい意見だなとは思います。ですが、このことばは単に厳しいのではなく、そこの奥に優しさを感じるんです。「だから、私たちで頑張ろうよ」と言ってくれている気がするからです。

すべてを諦め、傍観者になることは簡単です。期待しない分だけ、絶望しないで済むかもしれません。ですが、サルトルはそんな考え方にNOを突きつけます。

実際、サルトルは多くの社会問題に対して、自身の考察を踏まえて、積極的に発言をしてきました。社会に対して、積極的に関わる姿勢を「アンガジュマン」という在り方として表現し、それを実践しました。

きっとサルトルは、多くの人に自らの社会実践を分かってもらうために、そして何より、多くの人に「アンガジュマン」してもらうために、このことばを考え、広めたんだと思います。カフェで街の人々と語らう哲学者だったらしいので、もしかしたら、世界を諦めていた若者に対して、そっとこのことばを伝えたのかもしれませんが(それも、とても素敵です)。

希望と自由に向けて

ということで。今回は、サルトルの時代に関する名言を取り上げました。

これから、どんな時代になるのかなんて、まったく分かりません。ですが、この時代に生きる以上、この時代がどういう時代になるのかに(たとえほんのわずかであっても)、自分も関わっているという意識はあってもいいのではないかと思います。

最初に書きましたが、サルトルは「希望と自由の哲学者」と呼ばれています。古い人、終わった人だと切り取る考え方もあるようですが、そのことばには沢山の励ましと学びがあります。

もし、興味をもたれた方は図書館や本屋さんでサルトルの4文字を探してみて下さい。

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