神田桂一さんとの共著『もしも文豪たちがカップ焼きそばの説明文を書いたら』シリーズが累計17万部のヒットを飛ばす菊池良さん。
その後もWebで『芥川賞ぜんぶ読む』を連載し、書籍化までこぎつけるなど「本から本をつくる作家」として歩んでいるように見受けられます……って誰目線だって感じですよね。申し遅れました。私、ライターの平田と申しまして『芥川賞ぜんぶ読む』のWeb連載では担当編集者を務めておりました。
Web連載でご一緒していた当時から、「文体模写して表現する内容」「圧倒的な量」によって文豪やその作品をまったく新しいものに昇華させる、その着想はどこから?と気になっていたんです。
今さら会議室で膝を突き合わせて話しても変な感じになるので、本の街・神保町で菊池さんが大好きな散歩をしながら「アイデアの出し方」について話を聞いてみました。
目次
散歩が良いのは予想外の出会いがあること

特に知らない街を歩いていると、何があるか予想がつかないのが良いんですよ。角を曲がったら何があるか分からない。何の脈絡もなくお店が出てきたり。

ネットやSNSでフォローするジャンルを絞っちゃうと、新しい情報に出会いにくくなりますもんね。

それに歩いていると何かしら思い浮かびますからね。

どういう観点で企画を考えてるんですか?

こういうのがあったら面白いだろうな、こういう人がいたらいいなっていうのが基本ですね。電車に乗っていて、中吊りが全部『ゴルゴ13』のデューク東郷の顔だったら面白いな、そういう広告作れないかな、とか(笑)。

(笑)。とはいえ企画を締め切りまでに出さなきゃ、みたいなときもあると思うのですが、その場合はどうしてるんですか?

本当にダメなときは手書きでマインドマップを描いてアイデアを出すようにしています。

とある古書店で立ち止まる菊池さん

この本、何ですかね?気になりますね。

『PILOT AND SHOGUN』の「パイロット」って何でしょうね。第二次大戦の時代のことなのか、馬乗り?
(※後で調べたところ、徳川家康の外交顧問を務めた三浦按針ことウィリアム・アダムスについての本でした)

いくらなんだろう。こういうのいいですね。

装丁がいいですよね。洋書もよく買うんですか?

買うことはありますよ。日本語訳が出てない本は買っちゃいますね。とりあえず最初の2、3行は読みます(笑)。

2、3行……(笑)。こうやって目に留まった本をジャケ買いすることもあるんですか?

しますね。あとは知人のおすすめとか、ネットなどから聞こえてくる評判を参考にして買ってます。
昔の雑誌の遊び心ある切り口が参考になる

あ、あそこの『magnif』ってお店、めっちゃ雑誌の品揃えがいいんですよ。昔マガジンハウスから出てた『relax』が大好きで、ここにバックナンバーをよく買いに来ていて。

へー、いいですね。『Olive』とかも置いてますね。あ、『禅ヒッピー』だ。

ジャック・ケルアックの本なんですねえ。

しばし古本を堪能

本屋さんにはよく来られるんですか?

来ますね。ネットより本屋のほうが新しいものに出会いやすいんで。

散歩と同じく、不確実性があっていいですよね。どういう本屋さんが多いんですか?

紀伊国屋書店とかの大型書店に行くか、街の小さな本屋さんですね。その書店のランキングを見ると面白いんです。街によって違うんですよ。大手町だとビジネス書が人気だけど、小さな本屋に行くと樹木希林さんのエッセイが1位になっていたりして。個性が出ますよね。

本からアイデアを思いつくこともあります?

ありますね。特にこういう古い雑誌を読んでるとアイデアが湧いてきますね。
『ビックリハウス』とか『宝島』とか……。

どういうところがいいんですか?

この時代にしかない軽さがありますよね。昔の雑誌は企画の発想が今と違うんで、すごく刺激を受けますね。

分かります。僕もこの間『relax』を読んでたら、お笑い芸人の千原兄弟がファッションモデルとして誌面に出てたんです。でも一切千原兄弟に言及してなくて。ただモデルとして出すっていう。

そういう遊び心がいいですよね。
「こういう人がいたら面白いでしょ」と始めた『世界一即戦力な男』

菊池さん、最初に入った会社はWeb制作会社のLIGですよね。「世界一即戦力の男」がきっかけ?

はい。あのサイトをLIGが見て、あっちからコンタクトを取ってきたんです。

最初に入社する会社はWeb制作会社がいいとか、他の業界も見てみたいとか、こだわりはなかったんですか?

まったくなかったですね。どこでもよかったんです(笑)。

『即戦力』とか、LIG時代の菊池さんってかなり尖ってたと思うんです。イケダハヤトさんの服を炎上させにいったり。最近は落ち着いているように見えますが……。

おっとぉ……?!(『グラップラー刃牙』の愚地独歩風に)

いやいや(笑)。いい意味で、ですよ。丸くなったとかじゃなくて。

うんうん、丸くなったと思いますよ。

なぜなんですか?

うーん、なんでですかね?たぶん僕の中で「分かってきた」って感じですね(笑)。

何が分かってきたんですか?世界?

いろんなことが(笑)。

(笑)。『即戦力』みたいなネタをまたやることはないんですか?

それはやるかもしれないです。でも、僕自身はやらずに、誰かに出演をお願いしますね。

それはなぜですか?

「分かってきた」からですね。

(笑)。

僕が僕としてやっちゃうと、そういう人物だと思われちゃうんですよ。以前はそれが面白いと思っていましたよ。でも、ユーザーからしたら「うそかほんとか分からない」ってノイズですよね。だから、誰かにお願いして演じてもらうか、キャラクターを作っちゃおうかな、と。そうじゃないと、コンテンツとして成立しないですから。

なるほど。

『世界一即戦力な男』は「こういう人がいたら面白いでしょ」って感じでやったんですよ。コントの人物なんです。たとえば、ロバート秋山さんの『クリエイターズ・ファイル』は誰が見てもコントだとわかるから、安心して楽しめますよね。そういう風に、「これは楽しんでいいものですよ」ともっと分かる形で作りますね、今なら。

なるほど。演じていたところがあるんですね。

大いに演じていましたよ。

たまたま自分の状況が、思いついたコンテンツに合ってたから自分でやろう、ってことだったんですね。

はい。「これはコンテンツですよ」みたいなのをちゃんと分かるようにしないといけないんですよね。分かってもらえないとただの危険人物になっちゃうので(笑)。

媒体の特性とか文脈を理解してもらわないといけないんですよね。
誰かと組んだ方が良いのは、役割分担できるから

『もしも文豪たちがカップ焼きそばの説明文を書いたら』は、共著者の神田桂一さんとの会話から企画が始まったんですよね。

はい。神田さんと「なんかやろう」ってなって。二人で文体模写の企画を思いついて、編集者の石黒謙吾さんに売り込んで。

神田さんとはどういう知り合いなんですか?

ライター新年会かなんかで知り合いました。

それはLIGにまだいるときですよね。元々「本を書きたい」って野望があったんですか?

どっちでもよかった……。

(笑)。

誘われたんならやるか、というスタンスでした(笑)。

そんな感じだったんですか(笑)。菊池さんはいつも「誰かと組んだほうがいい」って言ってるじゃないですか。

そうですね。

それはなぜですか?

やりたくないことをやってもらえるので(笑)。……いや、冗談ですよ。

なるほど(笑)。

役割分担ができるんですよね。例えば、『もしそば』の神田さんは僕よりずっと営業が上手いんですよ。

どんどんつなげていく感じなんですかね。

そうですね。『もしそば』は神田さんがいろんなところに持ち込みしてくれました。ぼくはそんなバイタリティはない。神田さんって、つてがないのにどんどん電話したりしてますから。それでラジオの出演が決まったりしました。

すごい行動力ですね!

いろんな会社の代表電話に電話してましたからね。知り合いがいたとかじゃなく。

それだけアクティブな人と一緒にやると、また別の仕事がつながったりもするってことですよね。
面白いので、芥川賞ぜんぶ読むために会社を辞める

ところで菊池さんって、人生がコンテンツみたいなところ、あるじゃないですか。

……ありますね。

『芥川賞ぜんぶ読む』の書籍化を編集の方に相談した帰り「このスケジュールじゃ無理だ……」ってなってた菊池さんに、「(もしも万が一だけど)会社辞めたらできるかもですね……」って僕がつぶやいたせいで、菊池さんが会社辞めちゃったじゃないですか。何度か既に謝りましたけど、改めて申し訳ございません。

いやいや、僕が決めたことなんで(笑)。

あの後、僕も会社を辞めたわけですけど、フリーになって仕事をどう取って来ようかとか、不安にはなりませんでした?

不安ではなかったですね。会社以外の副業を既にやっていたので、それを増やせばいけるだろうと。

弾も揃っているし、機会も来たし、と。

流れが来たな、って感じでしたね。

当時はLIGからヤフーに転職した後だったじゃないですか。ヤフーの待遇や環境は良かったと思うんですが、それでも辞めたのは書きたい思いが強かったからですか?

それも「そういうヤツがいたら面白いな」ってところですね。

芥川賞読むために辞めちゃうほうが面白い、と。ハクが違いますよね。読書のために会社辞めるって。
毎日書くコツは、朝起きてすぐ書くこと

以前Twitterで「早く文章が書きたい状態に持っていってる」ってつぶやかれてました。どうやってるんですか?
最近は、朝起きてまず思うのは「早く文章が書きたい」ということ。この状態を作るのに、一年以上かかった。どういう生活をすれば、気持ちよく文章が書けるのか。それをずっと考えて、いろいろ試してきました。今はなるべくこの状態を維持できるようにしたいし、もっと良くしていきたい。
— 菊池良です。📚新刊『芥川賞ぜんぶ読む』発売 (@kossetsu) November 24, 2019

そうなるまでに、いろいろ試したんですよ。儀式を。

ルーティン?

そうです。一点をじっと見つめるといいとか。朝歩くといいとか。運動するとか。でも僕には全然効果なくて。一番合っていたのが、朝起きたらすぐパソコンの前に行って、書くという方法。朝起きてから書くまで何の情報も自分に入れない。これがよかったですね。

書きたい気持ち云々というより、書くのが当たり前の状態にしてるって感じですか?

気分を作っておくんです。

それでもモチベーションが上がらないなあ……とかないんですか?

そういうのを感じる前に書くんですよ(笑)。

間髪入れないんですね(笑)。その習慣、身につくまでキツくなかったですか?

結構スッといけましたね。1カ月は続いてます。

どのぐらいの量を書く、とかは決めていますか?村上春樹さんだと1日10枚書いたらそれ以上書かない、とかありますよね。

ある程度集中力が切れるまではやります。量は特に決めてないですね。7時ぐらいに起きて、朝ごはんは途中で食べて、それからまた再開してって感じです。
アイデアの根源はビースティ・ボーイズのマッシュアップ感

「ライターの仕事やりたい」「本を出したい」人って結構多いと思うんです。でも会社員の仕事の時間だけで一日終わって何も出来ない。そんな人が最初の一歩としてやると良いことって何かありますか?

それは断然、共著者を見つけることですね。それが一番の近道だと思います。相手がプロじゃなくても、一緒に作ろうって人とパートナー組んじゃってやったほうがいい。最近はYouTuberもグループでやるようになってきましたよね。

一人だとどうしても詰まっちゃったりしますもんね。

そうですね。まずは身近な友達とやる、とかがいいと思います。

ちなみに菊池さんがこれからやろうとしていることってあります?

今は新刊をひたすら書いてます。あと最近1カ月ぐらい続けてるのは、カフェインを抜くことかな……。

すみません、さっきからお茶を飲ませちゃってますが(笑)。

はい(笑)。でもそういう細かい変化を試してみて、どっちが調子の良いのかな、とかは楽しいですね。

自分ではやってないけど、最近思いついた企画はあります?

そうですね。例えば、昔の映画や小説で、救われていない脇役っているじゃないですか。そういう物語の中に入っていって、登場人物を救うってシリーズを考えてたりしますね。でも、これはぼくじゃない人が書いたほうがいいかな。

面白いですね!菊池さんって、既存の作品のサイドストーリーというか、新しい解釈で作品を作られることが多いですよね。

違う角度から作品を見たいのもありますし、単純にそういうのが好きなんですよ。キャラクターが別の物語に出てくるとか。今で言ったら『アイアンマン』や『アベンジャーズ』のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)とか。『シンプソンズ』にネタにされてる芸能人本人がアニメに登場するとか。

『スポンジボブ』にキアヌ・リーブスが出てくるような。「マッシュアップ感」ですかね。

そうですね、マッシュアップが好きですね。あ、それでつながったんですけど、僕、ビースティ・ボーイズが好きなんです。彼らはアメリカの音楽ユニットだけど、ビートルズの曲をサンプリングしてラップを乗せるとか、ロックとラップをマッシュアップした先駆者なんですよね。

なるほど、菊池さんの根源はビースティ・ボーイズなのか!今日一日歩いてみて思いましたけど、目に入ってくるものや歩くリズムなど色んな要素が相まって新しい発想が生まれるから、散歩もある意味でマッシュアップですよね。

確かに、そうですね。だから散歩が好きなのかもしれません。

『もしそば』の「カップ焼きそばの説明文を文豪の文体で書く」ってアイデアもマッシュアップそのものですよね。

そうですね。ああいう、シンプルなマッシュアップが僕は好きですね。

初期衝動というか、最初のアイデアを大事にしていく感じなんですね。菊池さんのアイデアのお話と、散歩自体も面白かったです。ありがとうございました!